地震、そしてその後…。
まずは先日の東北地方太平洋沖地震により、亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様には、心よりお見舞い申し上げます。
ご無沙汰です。すずらんです。
まずはとりあえず無事でおります。
地震当日はもちろん仕事中で、他のビルの方が一斉に出てきたのを眺めつつ非常口のドアを開けて地震が止むのを待っていました。
しかし長い揺れが続いているなかでも部屋から出ずPCで震度を確認し、その15分後には来客の方と打ち合わせをする上司にはさすがに「・・・」と思いましたが。
(しかも来客の方にも「私は大丈夫ですが、気にするなら帰られてもいいですよ」と言う始末。)
被害と言えば自宅は居間のドアが完全に閉まらなくなったので、予想としては傾いたのだろうと。。
また会社のほうは私の目の前の本棚が倒れ、部屋の壁のあちこちが崩れたりひび割れがあった程度ですが、階が上になるにつれて被害は大きかったようです。
なにせ築40年近い建物。たぶん次大きいのが来たら倒壊の危険があるだろうな。。
その後ご存じのとおりJR等交通機関はすべて止まり、選択をせまられた「徒歩or宿泊」。
一瞬「この建物にいたくない」と思いましたが、宿泊の選択をしました。
まあそう言っても不安定な気持ちと余震で眠ることはできず、朝がくるのをただただ待ちました。
自宅に着いたのは翌日の昼。
時間を追うごとに目の前の惨劇を現実として受け止めなければならないとあらためて実感しました。
それから2週間あまり経ち、間引きしている通勤電車の混乱も少し落ち着いてきたように思えます。
しかし同業者の会社では「当分の間社員は16時までの勤務です」と言っているところもありました。
(うちは絶対にないだろう。。)
私自身も常に揺れている状態(地震揺れ)な感覚に陥って、心も不安定な状態だったのでしょう。
週末になると何もせずずっと横になっていました。
やっとこの土日で少しですが落ち着いたように思います。
現地で被害にあわれた方からすると私の心の不安定さなんてちっぽけで、一生懸命がんばっていこうとしている被災者の方やボランティアたちのたくましさはすごいと思います。
その一方で決してふさぐことのできない心の傷。それをほんの少しでも寄り添い、癒すことも大切な気がします。
それに比べ計画停電や放射能の影響で混乱を極めている政府やきれいな作業着を着て被災地に行く議員を見ると「こいつら、なにやっているんだろう」とさえ感じてしまう。
ユニクロの柳井さんのような高額の義捐金や芸能人のような大量の物資は送ることができないが、少しの募金や物資を継続して送ることができればと。
みんなが笑顔になるその日が来るように・・・。
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